─ なぜ今、世界はSTEM教育を求めるのか
ここまで私は、
44Net、
ARDC、
YOTA、
JOTA-JOTI、
そして教育ネットワークを見てきた。
しかし、ここで一つ疑問が残る。
なぜ今、世界中でこれほどまでにSTEM教育が重視されるのだろうか。
その理由を考えなければ、ARDCの助成方針も、若者育成も、世界各国で起きている変化も理解することはできない。
技術は国家戦略になった
冷戦時代、国家は軍事力を競った。
二十一世紀に入ると、その競争は少し姿を変える。
もちろん軍事力は依然として重要である。
しかし、それ以上に各国が力を入れるようになったものがある。
それが、
- 半導体
- AI(人工知能)
- 量子技術
- サイバーセキュリティ
- 通信インフラ
- 宇宙技術
である。
これらは、単なる産業ではない。
国家の競争力そのものになった。
人材を育てる競争
技術は設備だけでは生まれない。
人が必要である。
そのため世界各国は、
STEM教育、
理工系教育、
デジタル教育、
プログラミング教育に力を入れるようになった。
アメリカだけではない。
ヨーロッパでも、
日本でも、
中国でも、
ほぼ同じ方向へ動いている。
そこには政治思想の違いを超えた共通点がある。
「未来は技術者が決める。」
という認識である。
アマチュア無線が注目される理由
この文脈で考えると、
アマチュア無線は極めて魅力的な教材になる。
電波を学ぶ。
電子回路を作る。
アンテナを設計する。
通信プロトコルを理解する。
ソフトウェア無線を試す。
ネットワークを構築する。
一つの趣味の中で、
電子工学、
情報工学、
通信工学、
プログラミング、
無線工学が自然に結び付く。
教育の立場から見れば、
これほど優れた教材は多くない。
その意味では、
ARDCが教育を重視することも、
ARRLがSTEMを掲げることも、
YOTAが広がることも、
十分理解できる。
私も教育を否定しない
ここで改めて書いておきたい。
私はSTEM教育を否定しているわけではない。
技術者を育てることも重要である。
若い世代へ知識を伝えることも大切である。
もし私が教育者なら、
アマチュア無線を教材として使いたいと思うかもしれない。
問題はそこではない。
「手段」と「目的」
私は、もっと根本的なことを考えている。
アマチュア無線は、
教育のための手段なのだろうか。
それとも、
教育という価値が後から見つかった文化なのだろうか。
この順番は決定的に重要である。
私は前者と後者では、
未来がまったく違うと思っている。
もし手段になれば
もしアマチュア無線が、
「技術人材育成のための教材」
として存在を説明されるようになれば、
将来、
もっと効率の良い教材が現れたとき、
その存在理由はどうなるのだろうか。
AIシミュレーター。
VR。
量子通信教育。
仮想無線環境。
そうしたものが登場したとき、
アマチュア無線は、
「もう役目を終えた」
と考えられる可能性はないだろうか。
私は、この点を危惧している。
私の仮説
ここからは私自身の仮説である。
ARDCが目指している世界は、
アマチュア無線を消滅させることではないかもしれない。
しかしアマチュア無線を、未来の通信技術を支える人材育成システムの一部として再構成しようとしているのではないか。
そのために、
STEM教育。
若者育成。
大学。
オープンソース。
YOTA。
JOTA-JOTI。
地域コミュニティ。
こうした活動を支援しているように私には見える。
もちろん、
ARDC自身がそのように明言しているわけではない。
これは公開資料を読んだ私自身の解釈である。
しかし私は、もう一つの価値を忘れたくない
ここまで読んできた読者は、
「それの何が問題なのか。」
と思われるかもしれない。
確かに、人材育成は社会に必要である。
技術者も必要である。
私はそれを否定しない。
しかし、
社会には、
もう一つ必要なものがある。
それは、
目的を持たない自由
である。
成果を求められない時間。
評価されない遊び。
役に立つことを期待されない挑戦。
私は、それらがあったからこそ、
アマチュア無線は百年近い文化になったのだと思う。
次章へ
ここまで私は、
44Net、
ARDC、
教育、
STEM、
技術覇権という流れを見てきた。
では、
これらを一つの地図に重ねると、
どのような構造が見えてくるのだろうか。
私はそこに、
現代社会に特徴的な、
一つの「やわらかな構造」を感じている。
次章では、
資金、
理念、
教育、
国際組織、
行政、
企業、
それらの関係を整理しながら、
私自身の仮説をもう一度検討してみたい。
