2版 2026年6月29日
― 44Netから始まった静かな再編と、電波空間の未来 ―
「私は、電波空間にも、公園が必要だと思う。」
序章 なぜ、私はこの論考を書くのか
私が書きたいのは、一つの「仮説」である。
その仮説は、ある一つの歴史的事実から始まった。
インターネット黎明期、アマチュア無線のために割り当てられたIPv4アドレス空間「44Net」は、時代の変化の中で巨大な経済的価値を持つ資産となった。
その一部は売却され、得られた資金をもとにARDC(Amateur Radio Digital Communications)という財団が誕生した。
この出来事は、単なる資産売却の話ではない。
私はここに、一つの転換点を見ている。
それまで「アマチュア無線のために存在していた資源」が、「より広い通信技術や教育を支える資源」へと、その意味を変えたのである。
もちろん、そのこと自体を私は否定しない。
ARDCは教育、研究、オープンソース、デジタル通信など、多くの有意義な活動を支援している。
しかし、私は公開資料を読み進めるうちに、一つの疑問を抱くようになった。
44Netで起きた「資源の再定義」という発想は、アマチュア無線そのものにも及ぼうとしているのではないだろうか。
もしそうだとすれば、それはアマチュア無線という文化にとって、どのような意味を持つのだろうか。
本稿では、その問いを考えるために、ARDCの年次報告書、助成一覧、ARRLやIARUの公開資料、日本の制度改正、YOTAやJOTA-JOTIなどの取り組みを時系列で整理していく。
ここで強調しておきたいことがある。
本稿では、事実・観察・仮説を区別して記述する。
- 事実──公開資料で確認できる内容。
- 観察──それらを並べたときに見えてくる共通点。
- 仮説──私自身がそこから導いた解釈である。
読者には、ぜひ資料も参照しながら、自分自身の結論を持っていただきたい。
私は、この論考が唯一の答えを示すものだとは思っていない。
しかし、一つだけ確信していることがある。
もし文化の存在理由が静かに書き換えられつつあるのなら、その変化は、すべてが終わってからではなく、進行している今こそ議論されるべきである。
そして、その問いの先に、私はもう一度戻ってきたい。
アマチュア無線とは、何のために存在するのか。
私自身の答えは最後まで変わらない。
私は、電波空間にも、公園が必要だと思う。
この論考によって2020年以来JARLで起こってきた数々の出来事、人物の存在理由、排斥された理由。
それらがどのような世界規模の外からの働きかけのもとに生まれ。
その力によってどこに向かおうとしているか、読者の理解に役立つことを願う。
